ギル様とダイエット計画
うららかな午後。
暑くも無く寒くも無く。窓から差し込む光が眠気を誘うような、本当に平和な時間。
こんなときは音楽でも聴きながらぼーっとするに限る。ゲームでもいいが。
「……饅頭でも取ってくるか」
そんなときのお供が無いことに気付き、我は居間へ向かおうと腰を上げて……
ダダダダダダダダッ!!
ドガァン!!!
「金ぴかー! いるんでしょ!!」
「……騒々しい。何のようだ、凛」
突然の来訪者に、上げた腰をベッドに下ろす羽目になった。
「というか、扉を蹴りで開けるな馬鹿者」
「いいじゃない。わりと急用なんだから」
ギル様の華麗なる日々 エピソード19
ギル様とダイエット計画
ベッドに腰掛けた我と、机の椅子を引っ張ってきた凛が向かい合っている。
我の部屋にしてはなんとも珍しい光景だ。
「……で、何の用だ」
「あ、そうそう。頼みがあってきたのよ」
「…………」
正直言って、嫌な予感しかしないわけだが。
「あのさ、簡単で、楽で、寝てるだけで体重が減るような宝具持ってたら貸して、っていうかちょうだい」
「……我はドラえもんか。第一、そんなもの持ってるわけ無いだろうが!」
思わず立ち上がり、頭を抱えてしまう。
どんな宝具だまったく。そんなものがあるなら我が見てみたいわ。
「……何よ、出し惜しみするなんて、ケチねえ」
「アホか! そんなくだらないものなど持っているわけがないと言っただろう!!」
「ちょっと、くだらないってどういうことよ」
むーっ、と見上げてくる凛には悪い……いや、悪くないな。そんなもの持ってるわけ無いっつーの。
「くだらないからくだらないと言ったまでだ。痩せたいなら運動でもしろ」
げしげし、と椅子を蹴っ飛ばして凛を部屋の外へ追い出す。
我の貴重な時間をなんだと思ってやがる、コイツは。
「あ、ちょっとー! 何すんのよー!」
「出て行け、馬鹿者」
「いいじゃない出してくれたってー!」
「だから! 無いものは無いと……」
「おうおう、面白そうなことやってんなー。お二人さん」
そんな我等にニヤニヤとした妖しい笑みを浮かべて声をかけてきたのは、
衛宮家きっての遊び人と化しているランサーだった。
「……相変わらず唐突な登場をする奴だ」
「なはは、任せろよ」
「……あんた、タバコ臭いわよ。どこ行ってきたのよ」
「スロット打ってきただけだ。今日も十万近く勝ってきたぜ」
十万……とか呟いている凛は無視して話を進めようとしたのだが、待ったがかかった。
「ランサー」
「なんだい?」
「今度私にもスロット教えて」
「やめとけ」
「ちょっと、即答しないでよ」
「そうだな。お前がやったら一発で破産するのが目に見えている」
「二人して何よその言い方……」
いや、どう考えてもそうだろう。ぎらぎらしてる奴ほど負けるものだ。
特に凛は大金とはあまり縁がありそうには思えないしな……。
「金ぴか? あんたは勝つの?」
「黄金律Aを持つ我が負けるわけ無いだろう」
「俺もコイツには勝てる気がしないからなー」
「悔しいわね……」
「金は金の匂いがする奴が大好きなのだ。残念だったな」
「むきー!」
ダンダン! と廊下を踏んでる凛を横目で見ながら、ランサーが聞いて来た。
「でよ、さっきは何してたんだ?」
「ああ、コイツが我に痩せる宝具を出せと言ってきただけだ」
「痩せる宝具……なんだそれ」
半眼になってランサーが呻く。さすがに聞いたことが無いようだ、っていうか、呆れ果ててるようだ。
我も同感。
「知らん。そもそもそんなもの持ってない」
「へぇ、お前でも持ってないものってあるんだな」
「我には必要ないものだからな。以前どこぞの魔術師が献上してきたことがあった気がしたが、いらんと突っぱねたはずだ」
「何てもったいないことしてるのよバカー!!」
「嬢ちゃん、太ったのか?」
「直球過ぎるのは嫌われるわよランサー」
我が見た感じでは以前とまったく変わらないのだがな。
本人が暗にではあるがそう言っているのだからそうなのだろう。
だがまあ、それでも持って無いものは無いのだけれど。
「そんなに痩せたいなら運動でも断食でもやれることはいっぱいあるじゃねーか」
「うっ……そ、それはそうなんだけどね」
「ったく、宝具に頼ろうとしてたら痩せるもんも痩せないぜ」
「……同意だな」
「う……」
「さあ、結論も出た。頑張りな」
「そうだな。手伝いはしないが応援くらいはしてやる」
「うう……」
やれやれ、これでようやく饅頭を食えるか。
さて、一人唸ってる凛は放っておいて居間へ行くかな。
「……ギルガメッシュ」
と思ったところで、なにやら思いつめた表情のセイバーが現れた。
「お、セイバーじゃねえか」
「どうした。我に何か用か?」
「なんか、私とえらく対応が違わない?」
「誰かと違っていきなり扉を足で蹴り開けたりしてないからな」
「ぐ……」
「あの……確かに用があって来ましたが……その、ここでは言いにくいので、部屋でいいですか?」
「構わんが……まあいい、お前ら入ってくるなよ」
がちゃ、と凛が蹴っ飛ばしたせいで微妙に立て付けの悪くなった扉を開けてセイバーを入れる。
「で、何の用だ」
「……ハイ。正直に言います」
「ああ」
二人になったというのにそれでも言いにくいとはよほどのことなのだろう。
視線を下に向けて右往左往していたが、決意したようで、顔を上げて真っ直ぐこっちを見てきた。
セイバーが真剣な面持ちでつむぐ言葉を我は聞き逃すまいと神経を集中して―――
「……簡単に痩せられる宝具があったらぜひ貸して欲しいと」
「お前もかーーーーーーー!!!!!」
思わず絶叫した。今日はなんなんだマジで。
我はそんなにドラえもんのような扱いをされるキャラなのか。
どいつもこいつも、人のことをなんだと思ってやがる。
「お、お前も?」
「……凛のやつも同じ事を言ってきた」
「…………」
「というわけだ。二人仲良くダイエットの計画でも練って来い」
げしげし、とさっき同様セイバーを追い出す。
扉を開けた先には、ランサーと凛がまだいた。お前ら何やってんだよ。
「あれ、早いじゃない」
「結局なんだったんだ? すげえ叫び声が聞こえたけど」
「コイツもお前と同レベルだ。仲良く計画でも立てて減量にいそしめ」
「……え? まさかセイバーも同じこと考えたの?」
「……どうやら、そのようです」
二人して落ち込む。その様子は中々に見てて楽しいのだが、あんまり追い詰めると後が怖いから―――
「しっかし、なんだな。お前ら二人して自己管理なってなさすぎなんじゃねーの?」
だから、そんな風に追い討ちをかけるのはやめろ。
どうせ我も巻き添えを食らうことは目に見えているんだから。
「わ、私は悪くない! シロウの料理が美味しすぎるのがいけないんです!!」
「そうよそうよ! これ以上美味しくなっちゃったら料理番組にだって余裕で出られちゃうわよ!
家に帰ったら帰ったでアーチャーの料理も輪をかけて美味しいし!! なんなのよあいつ等、二人して私を牛にしようとしてるんでしょ!!」
「そーやってまた坊主やアーチャーのせいにする……味がちょっとでも悪くなったら文句言うくせに」
そしてその後雑種もアーチャーもボコボコにされるんだよな。可哀想に。
「見苦しいな。それに、牛というよりはむしろトドと言ったほうがしっくり来ると思うが」
「成る程。言いえて妙だな。わはははははは!!」
「遠坂ならぬトド坂と言ったところか?」
「ト、トド坂か! こりゃあいいや!! ぎゃははははははは!!!」
とか何とか、後が怖いとか思っておきながらやっぱりからかう楽しみには替えられなかったり。
こんなチャンスは滅多にないことだしな。
「……あんたら、言ってくれるじゃない! 特にランサー! あんた笑いすぎよ!!」
「こーいうときでもねーとお前らからかって遊べねーからなぁ」
「く……だからって言っていいことと悪いことがあるのよ!!」
確かに正論だが、その台詞をお前が言うのは明らかに間違ってるぞ。
「何だ何だ、ちょっと自己管理がなってないのをからかわれた程度で暴力に走るのか。よくない傾向だぞ、トド坂」
「だ・か・ら! からかい、のレベルを超えてるだろうがぁぁぁあ!!!」
「うわっ、バカやめろ!!」
「ちょっと待て! その宝石の大きさはヤバイだろ!!」
「うるっさああああぁぁぁぁい!! あの世まで吹き飛んでけバカーーーーーー!!!」
カチ、カチ、カチ……
カッ、カッ、カッ!
時計が無機質に時間を刻む音にまぎれて、黒板にチョークが走る音が部屋を支配する。
見慣れた我の部屋には、見慣れない黒板が置かれ、その前になぜか白衣を着た凛が白チョークで何かを書いている。
その前に並べられた我、ランサー、セイバーは特に何を話すでも無くそれを見ていた。
いや、我は破壊された自分の部屋を見ていたのだが。
先ほどのもはやガンドとは絶対に呼べないような魔力弾によって破壊されつくした我の部屋は、
壁という壁が吹き飛ばされてしまったせいか、外の世界とほとんど同じとなってしまった。
おかげで冬の風がビュービュー吹き込んできて寒いことこの上ない。
「……と、言うわけで!! 私とセイバーのダイエット計画を練るわよ!!」
カカッ! と書き終えた黒板には、白いチョークででっかく
『セイバーのダイエット計画 with凛』
と書いてあった。
セイバーが主でお前はサブか。
その下のほうにはこまごまとスケジュールが書いてある。
「……どうでもいいがなぜ我の部屋でやる」
「近かったからに決まってるでしょ」
「……じゃあせめて破壊した壁くらいは直そうと思わないのか」
「自業自得でしょ」
どこがだ。
「……トドに何を言っても無駄か」
「あんたねぇ!!」
「お、落ち着いてください凛! これ以上破壊されたら今度は家そのものが!!」
「く……命拾いしたわね金ぴか! 次は無いわよ!」
子供のページの肥満
ぷんぷん、と頭から煙を出して怒っているが……思ったことを言っただけなのだがな。
「ギルガメッシュも、大人気ないですよ」
「……はぁ。もういい。どうせいつも悪いのは我たちなんだ」
机に乗ってた灰皿を寄せ、ポケットから出したタバコに火をつける。
吸わなきゃやってらんねえっつの。
「それより凛、なぜ私のダイエット計画なのですか? あなたもするのでしょう」
「え、それは、まあその……あはは、気にしないで」
「妙なプライド持ってたって意味無いぜ?」
「五月蝿い外野」
「うわ、ひでぇ」
「それより! 説明するからちょっと黙ってなさい!」
「へいへい」
ランサーを一喝すると、凛はどこからか取り出した指示棒で黒板を指し、説明を始めた。
「ダイエット、と言っても私たちに出来ることなんてたかが知れてるわ。そう、食事制限と運動よ」
「運動はともかく、食事制限が出来るとは思えんな」
「黙らっしゃい!」
「ぐおっ!」
すかーん、と投げつけられたチョークが額に刺さった。これはわりと痛いぞちくしょう。
「とにかくっ! その二つを中心にメニューを組んだから、さっそく明日からはじめましょう」
「なになに……朝五時起床、早朝ランニング。へぇ、頑張るねぇ」
「ふむ……私はともかく、リンは起きれるのですか?」
「う……起きれる起きれないじゃないわ! 起きるのよ!!」
「どーせ三日坊あだっ!!」
指示棒で頭を痛打されて唸るランサーを尻目に、我は次の項目を読み上げる。
「……六時半、朝食。セイバー、今までの十分の一。凛、今までの三分の一」
「ちょっと待ちなさい! どう考えても不公平じゃないですか!!」
「どこがよ。セイバーは大体あたしの三倍ぐらい食べてるんだから、ちょうど同じくらいでしょ」
「……我を一とすると、セイバーは五、凛は二といったところか。どう考えてもセイバーが少なくなるな」
「リン!!」
「ちょっと落ち着きなさいって。そもそもあんたを一としたときに何であたしが二なのよ」
「いやー、二でも良心的だと思うぜ? 俺は三と言ってもいいと思ぎゃあっ!!」
「……わたしが五なのに対する突っ込みは無しですか」
「当然でしょ」
指示棒を目に突き入れられて血の涙を流しているランサーに哀れみの視線を送りつつ、さらに次の項目へ。
行こうとしたところで、ランサーが何かに気がついた。
「ん? 何だこりゃ?」
「む……」
三分の一、と書かれた横に小さくなにやら書いてある。
目を凝らしてみてみると……
「金ぴか、たくあん一枚。ランサー、同じくたくあん一枚」
「ちょっと待てやこらぁぁぁぁ!!」
「何よ」
「何よ、じゃねーだろ! 何で俺らまで食事制限に付き合わなきゃなんねーんだ! しかもこれじゃ断食だろ!!」
「むー、あたしの完璧な計算に何か文句あるの?」
「当たり前だ! こんなの削除だ削除!」
ランサーが字を消してるのを見て、あーあー、とか言いつつぺロリと舌を出してやがる。
コイツ、気付かなかったら本気でたくあん一枚にしやがったな。ランサーグッジョブ。
「って、誤魔化されませんよ! 食事の量は断固として維持……」
「したら体重減るわけねーだろ」
「ぐ……で、では半分で……」
「どうせなら一思いにやった方が早く減量も終わるというものだ」
「で、では……えーっと……そ、そうです! 豆腐などの低カロリー食事を中心にすればいいのです!」
「まあ一理あるわね……で、具体的には?」
「まず……断腸の思い出ご飯は少なめにします。味噌汁は普通でいいでしょう。あと豆腐とかサラダとか魚とか……に、肉とか」
「いつもと同じじゃない!!」
「だめだな、こりゃ」
その後、散々お互いの主張をぶつけるだけぶつけて、なんとかセイバーは以前の三分の一、凛は半分ということで決着がついた。
もちろん肉類などの高カロリー食品は一切食べないというオマケ付きで。
何とか決まったのはいいが、いまからこんな様子では先が思いやられるな……。
「七時、凛は登校。セイバーはランサーや我などと稽古するなり、自分で走るなどして体を動かす」
「……ずるいですが、しょうがありませんね」
「学校行かなきゃいけないんだから。こればっかりは諦めてよね」
「では次だ」
ここは特に問題とならないだろう。
我やランサーがつき合わされるのは面倒くさいが、セイバーのためならまあ一肌脱いでやっても構わない。
「昼食だな。セイバー、豆腐。凛、おにぎり」
「ずるいです。却下です。訂正を求めます」
「なんでよ。私は学生なんだから、午後の速やかな脳の回転のためにブドウ糖が必要なのよ」
「でしたら私もおにぎり等にするべきです。五つ……いえ七つほど」
「食いすぎ」
「だな」
「ふ、二人して即答すること無いでしょう!」
「いや、だって、なぁ……」
「なんです! 言いたいことがあるならはっきりと―――」
……………………
…………
……
結局、朝食時を上回る時間の議論を重ねた結果、凛はおにぎり一つ、セイバーは三つということになった。
我は正直なところ、三つでも食べすぎだと思うわけなのだが……。
「なんか文句でもありますか!?」
「いや、もう何も言うまい」
これ以上余計な口出しをして脳天をカチ割られてはかなわないからな。
と、余計な口出しをして脳天をカチ割られたランサーを引っ張り起こしながら強く思った。
「さて、次だ」
「昼食後は特に問題ないわよね」
「朝のときと同じか。じゃあ別に話すこともねーよな」
「そうですね。問題はリンが帰ってきてから夕食までの時間かと」
「あー……そうだな。二時間くらいあるな、いつも」
「そ、それなんだけど、これからしばらく家のほうで研究しようかと……」
「そうですか。ではそれは一週間後からお願いします。帰ってきてからは私との特別訓練に充ててもらいますから」
「い、いやでも!」
「言うだけ無駄だって……」
爛々と輝いているセイバーの目を見れば何を言っても無駄だと分かるだろうに。
どうやら、自分だけが道場で体を動かさなければならないのがよほど納得いかなかったらしい。
「……ゆっくり帰ってこよ」
「そうしろ」
さて、次は問題の夕食。
どうせまた一時間くらい議論するんだろうな……。
めんどくさい。
「次……夕食。朝食と同じ感じで。いじょ」
「……随分投げやりですね」
「あんまり細かく書くといつまで経っても決まらなさそうだから、これでいいんじゃねえのか?」
「そうですね……」
「んじゃ、セイバーも納得したし次だ次」
予想外にあっさり決まってしまったが……本当に大丈夫なのだろうか。
不安だ……。
ま、我等には直接関係ない部分だし、どうでもいいか。
「夕食後に少し休んでまた運動して、お風呂の後に測定よ。それを一週間ね」
「一週間ですね。頑張りましょう、リン」
「ええ、絶対に体重を元以下に戻してやるんだから。それじゃあ、さっそく明日から始めましょうか」
「そうですね。明日の朝、絶対に起きて下さいよ?」
「任せなさいって」
―――おーい、飯が出来たぞー?―――
「む、もうそんな時間ですか。どうりでお腹がすくわけです」
「思ったより話し込んでたみたいね。まあいいわ、それじゃ行きましょ」
「飯の後でいいから我の部屋を直しておけよ……」
「ま、気が向いたらね」
「やれやれ……」
夕食時、あの二人は明日以降の分だと言わんばかりに食べていた。
これでは明日からやる意味が無いと思うのだが……言ったら箸が目に刺さったからもう何も言わない。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま、士郎」
「いやいや、お粗末さま。じゃあ俺は片付けしてくるよ」
「あ、先輩、手伝いますよ」
「よし、セイバー、明日から頑張りましょうね」
「ええ、頑張りましょう」
我の片目が潰されたこと以外は特に問題もなく夕食が終わった。
さて、明日から一週間。どうなることやら。
我は風呂につかりながら、ぼんやりと考えていた。
初日の朝
―――ドンドンドン―――
……うるさい。
―――ドンドン!! 金ぴか! 起きなさい!!―――
遠くで扉を叩く音とともに、誰かが呼ぶ声がする。
もっとも、我を金ぴかなどと呼ぶ奴など数えるほどしかいないからすぐに分かる。
―――ええい、こうなったら―――
叩く音が聞こえなくなった。諦めたか。
―――ドガァァァン!!―――
「!!?」
「起きろ金ぴかー!!」
バサッ!!
突如我を寒風が襲った。布団を引っ剥がされたようだ。
「……寒い」
「ほら、起きる!」
寝ぼけた頭で布団を探そうと手を動かすが、一向に見つからない。
どうやらベッドの下に放り出されたかなんかで、どうやっても我を起こすつもりのようだ。
「……こんな時間に何のようだ」
時計の時間はまだ午前五時になっていないのだから、我が怒るのも当然だろう。
「あれ、昨日言ったでしょ。早朝ランニング」
「それは聞いていた。それと我を起こすのとに何の関係がある」
「え、だってあんたも走るんでしょ」
「誰がそんなこと言った……寝る。布団を返せ」
「細かいわねぇ……イイじゃない、せっかく起きたんだし。ほら言うでしょ? 早起きは三文の得って」
「引っ張るなー!!」
くそ、強化の魔術でも使っているのか?
とても女とは思えない腕力になす術もなくずるずると引きずられていくのだった。
「……寒い」
「寒いわねえ」
「リン、遅いですよ」
「ゴメンゴメン、金ぴかがなっかなか起きなくてね」
「……金ぴか、お前もか」
「……ランサー、お前もだったのか」
二人仲良く拉致られたのか。
「さてリン、さっそく走りましょうか」
「コースはどうしよっか?」
「商店街の先の公園まで行って軽くダッシュなどをした後帰ってくればちょうどいいかと」
「そうねー、そうしましょっか。じゃ、セイバー先頭お願いね」
「分かりました。遅れずについて来てくださいね?」
「任せなさいって」
「それじゃあ行きます……って、そっちの二人は何をしているのですか」
「いやなに、我等はバイクで『走ろう』と思ってな」
バーモント健康的な減量
足踏みをしている横でアクセルをふかし、ランサーは後ろに乗りながらメットを被っているところだ。
「そんなの認められるわけ無いでしょうが!」
「では、先に行くぞ」
「じゃーなー。公園で待ってるぜー」
「あ、待ちなさい!!」
「リン! 追いますよ!!」
ブロロロロロー、とお気楽な排気音とともに二人乗りのバイクが道を行く。
その後ろを凄まじいまでの殺気を撒き散らした二人が追いかけてきていた。
約一時間後、我たち四人は衛宮邸の前まで戻って来ていた。
「ゼーハーゼーハー……」
「情けねーなー、あの程度で息を上げるなんて」
「あんたねっ! 全力で新都までノンストップ往復すれば誰だって息くらいあがるわよ!!」
「セイバーは涼しい顔をしているが?」
「英霊と人間を一緒にしないで頂戴……」
「しかし、これではリンのダイエットにはなっても私のダイエットにはなりません」
「明日からサウナスーツでも着たらどうだ?」
「……やむをえませんね」
そんなこんなで軽めの走りのはずが、凛は初日から死に掛ける結果となった。
まあ、我等もセイバーから逃げるのに必死でかなり無茶な運転を強いられて結構疲れたわけなのだが。
「ランサー、明日はお前が運転だからな」
「わーったよ」
「あ、明日は普通に走るわよ……」
初日の朝食後
「ランサー。どこへ行く」
「スロット」
「よし、我も行くぞ。久しぶりに稼いでおかないとな」
雑種に払う生活費が無くなる。
「待ちなさい二人とも」
「ゲ」
「ゲ、とは随分ですね」
「そりゃあ……な」
「朝食後は私の運動に付き合ってもらうハズだったのでは?」
「いやまあ、そうなんだがな……」
「というわけでよろしくお願いします。ああ、ちなみに朝食が少なくて気が立ってますので二人同時にお願いしたい」
逃げようとする襟首を二人同時につかまれ、ずるずると道場まで引きずられていく。
問答無用で竹刀を持たされ、対するセイバーはなぜか完全武装。どうなってるんだこれ。
「お、おい! まだ我等は承諾してな……」
ドカッ! バキッ! ガスッ! ズバッ!! グシャッ!! ドガァァァァン!!!
途中から、絶対におかしい音が混ざっていたのは気のせい……じゃないよな。
痛え。
二日目の昼食後
「セイバーは?」
「アーチャーを預けておいた」
「そっか。なら安心だな」
「というわけで我は寝―――」
ドガァァァァァァン!!
突如、大地を揺るがす爆音が。
しかも道場のほうではない。
「……なんだ?」
「外からだな。見てみるか」
のそのそと歩いて外に出、音の聞こえたほうを見てみると―――
「あっち、確か坊主の学校があったよな」
「凄まじい黒煙が上がっているわけなのだが」
「……嬢ちゃん、何かやらかしたな」
空腹に耐え切れず爆発したか、何か別のことがあったのか。
現場に行ってみないことには何も分からないが……。
「いくらなんでも」
「やりすぎだよなぁ……」
その後、いつもの時間に雑種が帰ってきた。
「ただいま」
「おー、おかえり坊主……って、何があった? 真っ黒じゃねえか」
「いや、体育で転んじゃってさ……」
「転んだだけでそんなに……」
そのとき、雑種の後ろにいた凛の目が光った。
―――これ以上余計なこというとコロスわよ?―――
「……なることもあるんだろうな。うむ」
三日目の夕食前
「シロウ、その箱はなんですか?」
「あ、これ? ライガ爺さんが皆で食えって蟹くれたんだよ。見る?」
発泡スチロールの箱には馬鹿でかい蟹がうじゃうじゃと。
一体いくらするんだこれ、ってくらいに高級品で、ただでさえ食費のかかる我が家じゃまず食べれないだろう一品だ。
「か、蟹……蟹……ふ、ふふふふ……」
「……セイバー?」
「エクスカリバアァァァァァァ!!!!!」
ズドガァァァァァァァァァン!!!
「な、何てことする―――」
「シロウ!!!」
「は、はいっ!!」
「今日の夕食は精進料理でお願いします!!!!」
「サ、サーイエッサー!!」
結局、蟹のことは闇に葬られた。
食べたかったのに……。
三日目の夕食後
「……いつまでやるつもりなんだろうな」
「一週間、と言っていたぞ。あと四日だ」
「四日か……長いな」
「ふ、この程度のことも耐え切れないのか衛宮士郎」
「お前だってセイバーにボコされて半泣きだったじゃねーか」
「う、五月蝿い!」
はぁ……と卓を囲んだ四人から一斉に溜息が漏れる。
もっぱらの被害者である我、ランサー、雑種、そしてアーチャー。
「しっかしよぉ……」
「何だ」
「あそこまでして痩せる必要があるのかね」
「さあなあ……でも遠坂にそう言ったらガンドマシンガンくらったから、多分必要があるんだよ」
「えげつねえな……」
ズドーーーーーーーン!!!
パラパラパラ……
―――なんで減ってないのよー!!!!―――
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
おそらく、体重が減ってないことの腹いせに凛が体重計を破壊したのだろう。
「……俺、また体重計直すのか」
「何回目だ?」
「……数えるのも忘れた」
「……頑張れ。あ、坊主それロン。タンピン三色ドラドラで親っパネだな」
「我もロンだ。リーピン一通ドラ一の裏ドラが……一枚、跳満だ。合計三万、トビだな」
「……もう、いや」
四日目の夜
「……サクラは減量しようなどと思ったことはありますか?」
「えらく唐突ですね。セイバーさん」
「不意に気になったので」
「そうですね……」
考え込む桜。それに横から口を挟んだのは食事が少なくて腹が立っている凛だった。
「体重増えたってどーせまたその無駄に大きい胸が大きくなったの一言で済むんだもん。必要ないでしょ、ダイエットなんて」
「……確かにそんなことを考えた時期もありますけど。でも、姉さんには一生言えそうもない言葉ですからねー。言えるときに言っておかないと」
「ムキー!」
「リン、自分で言ったのに釣られてどうするのです」
「何よ、あんただって似たようなもんじゃない」
「今の台詞は聞き捨てなりませんね。そこに居直りなさい」
「イヤ。そんなことより桜! さっきの言葉、もう一回言ってみなさいよ」
「姉さんの胸は一生大きくならないって言ったんですけど……聞こえませんでしたか?」
……巻き添え食らわないうちに逃げるか。
だがしかし、世の中はそんなに甘くは無く。
「金ぴか」「ギルガメッシュ」「金ぴかさん」
こそこそ逃げ出そうとした我の背中に三人同時に声がかかった。
「……我が言うことは何一つ無い。喧嘩するなら勝手にやれ」
「でもねー、ここは一つ、外野の意見を聞いてみるって言うのも手だと思うのよ」
「だったら雑種にでも聞け。我は知らん」
すまん雑種。我はまだ死にたくない。
これで逃げ切れるかと思ったのだが、やはり世の中は甘くなかった。
「士郎いないじゃない。つーか今はあんたしかいないでしょ。だから聞いてるのよ」
「そうそう、金ぴかさんも姉さんの胸は一生大きくならないと思いますよね?」
「…………」
「やっぱり無駄に大きいのは美しくないわよねー」
「ぶっちゃけたところ、貴方の意見はどうなのですか」
「…………」
詰め寄られ、後ずさりするも壁にぶつかってしまった。
もはや退路は断たれた、ということなのか。我に与えられた試練としては少々厳しすぎるぞ、これは。
「あー……まあ、その、なんだ」
「何よ」
「何ですか」
「言いたいことがあるならはっきり言ってください」
「……五十歩百歩」
その言葉を最後に我の記憶はキレイさっぱり無くなり、気がついたときには縁側で朝日を迎えていた。
当然、髪の毛は真っ白だった。
五日目の朝食後
「お、お出かけかい?」
「ああ。流石に腹が減った。何か食べに行ってくる」
「待て待て、なんで俺を呼ばねーんだよ」
「セイバーに捕まったものだと思っていたからな」
「セイバーなら空腹でぶっ倒れて動く気力も無いってよ」
「……我等にとってはありがたいが、死ぬのではないか?」
「あのなぁ、仮にも英霊がこんなことで死んだりするかよ」
「セイバーなら死にかねんからな」
ガラガラ、と取り留めの無い会話をしながら外へ。
寒いが、この程度の寒さで死ぬことは無いから安心だ。
セイバーの相手は死と隣り合わせだからな。マジで。
「どこ行く?」
「どっかで適当に食べればよかろう。ついでにどっかで寝てから帰る」
「そうだな……最近朝早かったからな。俺もそうしよ」
坂を下り、商店街にあるファーストフードへ入る。この際、腹にたまれば何でもいい。
適当に頼み、席に陣取ってさっそく手に取る。
「……微妙だな」
「しょーがねーだろ。腹にたまれば何でもいいって言ったのはお前じゃんよ」
「そうだったな」
それでも空腹は最高の調味料とはよく言ったもんで、二人とも無言のままあっという間に平らげてしまった。
「しっかしよ」
「どうした」
「あいつ等、いつまで続けるつもりなんだろうな」
「一週間と言っていたからな。あと二日、切ったな。終わるかどうかはまた別物だが」
毎晩毎晩体重計を破壊しているということを鑑みると、あと二日で目標を達成できるとも思えない。
その後続けるかは二人しだいだが、我としてはさっさと辞めて欲しい。
図書館で昼寝をしてから昼食を取り、公園でランサーとだべって三時前にようやく家に戻った我等は、居間で倒れているセイバーを目撃した。
したのだが、起こすのも怖いので放っておいた。
ライオンの尻尾をわざわざ踏むことも無い。君子危うきに近寄らず。
五日目の深夜
―――弔毘八仙、無情に服す!!―――
どーん、ダメージ6000。流石だぜ、七夜志貴。
そろそろ稼動するアクト・カデンツァのために家で練習中なのだ。
コタツのある居間にノートパソコンを持ってきてまでやるのもどうかと思うけど、我の部屋は結構寒いからしょうがない。
今度暖房器具を買ってくるとしよう。
―――ガタッ―――
「…………」
レバーを弄る音にまぎれて、我の耳が何か別の音を捉えた。
『斬刑に処す』
慢性的な退屈
―――ガタガタッ―――
今度は結構大きい。どうやら、隣の台所から聞こえてくるようだ。
どうしようか。今は手を離せないのだが……。
「……中断して見に行ってみるか」
少し考えて出した結論はこっちだった。
雑種もこのところネズミか何かが出るみたいだ、とか言ってたし。
なんでも、朝起きると朝食のために仕込んでおいたものなどがなくなっているそうなのだ。
ここいらで退治しておいてやるのもいいだろう。
「…………」
今の電気を落とした後、物音を立てないようにそーっと台所へ続く戸を開け、台所の中を覗き込む。
冷蔵庫のある場所から光が感じられ、ゴソゴソとなにやら動く物体が。
……明らかにネズミより大きいぞ。というか、ネズミは冷蔵庫を開けられないだろう。
「……!!」
「む……」
などと思っていると、不意に影が振り向いた。
どうやらこっちの気配を敏感に察知したらしい。
逃げ出そうとしたが、しかしそれより早く我の手が台所の電気のスイッチを入れた。
「……セイバー」
「ふ……ふふ……ついに、見つかってしまいましたか……」
「お前な……ダイエットしているのではないのか」
「仕方ないでしょう! お腹がすいて寝れないんですから!!」
「しかも逆ギレか……」
セイバーのいた場所にはこれでもかというほど食い散らかした形跡が残っていた。
そりゃあ、毎晩毎晩寝る前にこんだけ食べれば痩せる訳が無いよな。
寝る前は特に太りやすいわけだし、現状維持しているだけでも褒めるべきなのかもしれないぞこれは。
「そんなことより、貴方はなぜこんな時間に起きているのですか」
「ああ……居間を見てみろ」
「む……」
「…………」
「……マジ、ですか」
「もうすぐゲーセンで稼動するからな。今のうちに練習しておかなければならんのだ」
「だからといって、こんな時間まで……阿呆ですか。というか、そんな理由で私は見つかったわけですか」
ふ、ふふふ……となんだか怖い笑みが漏れている。
「お、おい?」
「天誅!!」
ドガーン!!
「あーーーーーーーーー!!!!!」
「ではおやすみなさい」
「……お、我のノートパソコン&レバー……」
翌朝、セイバーがやけに機嫌が良かったのはきっと我が死にそうだったからに違いない。
腹いせにバラしてやろうとしたら、飛んできた箸が目に突き刺さってそれどころじゃなくなった。
六日目の朝食後
ぐーきゅるるるる……
ジャバー……
「…………」
「…………」
ごごごごご……きゅるるる……
ちょっと待て、今の音はおかしいだろ。ジョジョかよ。
「……随分スゲー音するなぁ」
「天罰が下ったのだろう」
昨日の深夜、散々食い散らかしていたセイバーは朝からずっと腹を下していた。
朝食後、稲妻もとやかくといわんばかりのスピードでトイレへと駆けていったセイバーを見て溜息をついた雑種との会話が思い出される。
『まさか、セイバーが犯人だとは思わなかったよ』
『なぜ知っている? 我はまだ話してないぞ』
『ああ……昨日、台所に置いといたごはんに下剤とゴキブリ用の餌仕込んでおいたからな』
『……なるほど』
天誅だ天誅。我のパソコンをいきなり破壊したりするからだ。違うけど。
むしろ夜中に食って朝食後まで何の異常もきたさなかったセイバーを褒めるべきだろう。
「なにニヤけてやがる、この変態」
「ぶっ飛ばすぞ」
つーか、家中に響くなんて、どれほど強力な餌を仕込んだのだ。まったく。
七日目の朝
「……よぉ、セイバー。おはようさん」
「……お早うございます、ランサー、ギルガメッシュ」
「……随分やつれたな」
「一瞬誰かと思ったぞ」
げっそりと骸骨のように痩せこけたセイバーを見て思わずタバコを取り落としてしまった。
つまみ食いの分以上に痩せたな。これは。
「形はどうあれ目的を達成できそうでよかったじゃねーか」
「よくありません! あなたもあの地獄の苦しみを味わってから言ってください!」
「全力で遠慮させてもらうぜ」
「それで、今日は走らなかったのか?」
「無茶言わないでください。私に死ねと言うのですか」
「……随分追い込まれてんなー」
どうやら今日は何事もなく朝食を迎えられそうである。
「……あら、あんたたち起きてたの」
と、セイバー同様げっそりとした凛がのろのろと入ってきた。
いつもの起き抜けのやばさがダイエットの相乗効果でさらに悪化している。
はっきりいって、遠目から見たら骸骨と間違えかねんぞ。
「誰かさんが毎朝叩き起こしてくれたせいでな」
「今日は起こしてないじゃない」
「どーやら癖になっちまったみてーなんだよ」
「早起きの習慣がついたのはいいことです。感謝しなさい」
「やなこった」
……まあ、内容はどうであれ『体重を減らす』という目的は二人とも達成できているようだ。
ようやく長かった一週間が終わりそうだな。よかったよかった。
「……お腹すいた」
「リン、最後の一日なんです。我慢しましょう」
「……そうね。あんたも私がいないときにつまみ食いなんてしないでよ」
「……もう二度としません」
「……やってたの?」
「それは……そのことには触れないでいただきたい……」
「まあ……いいんだけどね。そんな気力もないし……」
今にも死にそうな二人を尻目に、我たちは平和な朝を一週間ぶりに過ごしたのだった。
「平和って、素晴らしいものだったんだな」
「今更何を」
七日目の夜
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
夕食を終え、片付けもすんだ居間の中心にはテーブルではなく、体重計があった。
その周りを取り囲むいつものメンツと、体重計を睨みつけている二人。
いよいよ、一週間の結果が示されるときがやってきたということだ。
「いつまで睨んでんだよ、さっさと乗れって」
「ま、まだ心の準備が……」
「一週間やってきたことを信じられんか」
「そ、そうじゃないけど! でもあと少しだけ……」
「二人とも、お願いだから体重計をこれ以上壊さないでくれよ」
「あれは私が悪いんじゃないわよ」
さっきから何度も繰り返した会話。
セイバーと凛の二人は三十分以上前からこうやって体重計の前でうじうじしているのだからそれもまた当然といえるのだが。
「早くしてよねー、帰れないじゃない」
「誰も見て行けなんて言ってないじゃない」
「だって面白そうだしー」
「あんたね」
大河がけしかけ、ライダーがけしかけ、アーチャーがけしかけ、桜がけしかけ、ランサーと我がけしかけて、それでもまだ乗らない。
ええい、イライラする。
「もういい」
「ん、どした金ぴか」
「乗らないなら乗せるまで」
「え?」
ドガッ!
「きゃあっ!?」
おもむろに近付いていき、背中を蹴っ飛ばす。
完璧な不意打ちを食らった凛はそのまま足を一歩、体重計の上に踏み出してしまった。
「ちょ、ちょっと何すんのよ!」
「文字通り背中を押してやっただけだ」
「蹴ってたじゃない……」
「いいから。さっさとしろ」
「く……」
流石に片足を乗せた時点で観念したのか、恐る恐るもう片方の足を乗せて表示を覗き込む。
その様子を一同は固唾を呑んで見守る、というか暴れたらすぐに抑えられるように身構えているの間違いだった。
「…………」
「……リン? どうしたのですか?」
「や……」
「や?」
「やったわーーーーーーーー!!!」
先ほどとは打って変わって満面の笑みを浮かべて飛び跳ねる。
どうやら、ダイエットには成功したようだ。よかったよかった。
これで安心して昼まで寝ていられる。
「さ、セイバー! 次は貴方の番よ!!」
「は、はい……」
セイバーは促されるままに恐る恐る足を体重計に乗せていく。
これで上手くいってくれればこの一週間の苦労も報われるというものなのだが……。
「……え」
「え?」
「どうしたセイバー?」
両肩が震えている。ついでに声も。
何かとてつもなく嫌な予感が―――
「エクス――――!!!!!」
「うわああああああ!!」
「やめろバカ!!」
「落ち着けセイバー!!」
「離して下さい!! こんなの物―――――――!!」
「それで家までぶっ壊すんじゃねー!!!」
―――――!!!
―――!!
…………
……
「ぜーはーぜーはー……」
「む、無駄に疲れたぜ」
「誰の、せいだと、思って、るん、ですか……」
「おめーのせいだ!!」
結局、減ってはいたものの目標には届かなかったらしい。
「……ま、まあそんなに気を落とすなよ」
「…………」
「そ、そうだぞ。別に体重だけが全てというわけでは―――」
「五月蝿いです」
「…………」
「…………」
セイバーの周りだけが別世界だぞ、おい。
「そりゃあ……一週間あれだけやっておいて達成できてなきゃあ、ねぇ」
「そうか、お前は知らんのか」
「何を?」
「……なんでもない」
ただまあ、これ以上追い討ちをかける必要もないか。
流石につまみ食いしていたせいで達成できませんでした、とかバラされたら……。
後が怖い。
いや、そうじゃなくて。
流石に可哀想だ、そう言いたかったんだ。間違いない。
「……リン」
「な、何?」
「明日からもう一週間付き合っていただきますよ」
「ちょ、ちょっと冗談でしょ?」
「ここで折れては私のプライドが許さない」
「いや、私はもう……」
「付き合っていただけますよね?」
「う……」
目が本気だ。このままだとなし崩し的に我等も巻き添えを食らうことになりそうだぞ。
どうしたものか……。
でも、ここまで言い切ったセイバーをとどめることなんて出来そうにもないしな。
……なるようになるか。
「……ねぇ、セイバー。ちょっといい?」
「なんですかイリヤスフィール、私は今いそがし……」
「ちょっと立ってみて」
「なぜです?」
「いいからいいから」
全員の頭の上に疑問符が浮かぶ中、すっと直立したセイバーの前にイリヤが立つ。
しばらくセイバーの全身を見てうんうん頷いていたが、やがて結論が出たのか、一つ大きく手を叩いた。
「うん、やっぱり、私の思ったとおりだったわ」
「何がですか。分かるように説明していただきたい」
「そうだぜ、痩せなかった理由なら俺にだって説明できあだぁっ!!」
「命が惜しければ話さないことです」
「……わりと皆知っていることだと思うがな」
「黙りなさい、消しますよ」
「我は何も知らないぞー!!」
「ちょっと、人が説明しようとしてるのに漫才しないでよ」
「……そんな気はないんだがな」
「俺も」
「どの口がそんなこと言うのよバカ」
まったくもう、と一言付け加えてから両手を腰に当て、どっかの教師のように説明し始めた。
背後に『教えて! 伊理夜先生!』とか見えたのはきっと気のせいだ。多分。
「私の見たところによるとね、セイバーの身長が伸びてるんじゃないかと思ったのよ」
「……イリヤスフィール、私は―――」
「分かってるって。でも、実際比べてみたら伸びてたんだもん。
私とセイバーが立って向かい合ったときに、今までとは若干低いところ見ることになってたんだから間違いないわ」
「む……」
「てことはあれか。伸びた分重くなったってことか」
「本当に伸びたのかどうかは疑わしいのだがな」
英霊が成長するなんて聞いたことが無い。
セイバーはわりと特殊な部類に入る英霊らしいのだが、それを差し引いたとしても考えにくい事態である。
「……本当か?」
「……私だって信じらんないわよ」
「だよなぁ……」
だがまあ、それで家が壊れないのであればいいか。
直すの面倒くさいし。
「やりました! さあシロウ、祝賀会の準備を!!」
「うえぇっ!? い、いきなり?」
「当然です。私としてはぜひ以前食べ損なった蟹を食べてみたいと思うわけなんですが」
「そーよ士郎、お爺ちゃんが士郎に蟹渡したって言ってたのに出てこなかったじゃない」
「あ、あれはセイバーが粉々に粉砕した……」
「蟹! 蟹を!!」
「わ、分かったから暴れんじゃねー!!」
でもまあ、ちらりと様子を伺ってみるとイリヤの話を聞いてセイバーは喜んでるみたいだし、まあいいか。
「……まあ、いいんじゃねーか?」
「そうだな。あの様子なら家を壊すことも無さそうだ」
「よしっ、じゃあ金ぴかの奢りで蟹食べに行こうかー!」
「ま、待て! なぜ我が……」
「あら、この間スロットで十万勝ったって言ってなかったかしら?」
「それは我じゃない!」
「いーや、俺じゃねーぞ。おい金ぴか、嘘つくな」
「ランサー! 貴様ぁ!!」
「皆ー、今日は金ぴかが外で蟹奢ってくれるってさー!」
「おいこらイリヤ! 勝手なことを……」
だがしかし、時既に遅し。イリヤの叫び声を聞いたメンツがぞろぞろと我の周りに群がってくる。
「蟹、ですか。どのような味がするんでしょう……」
「そっか、ライダーはまだ食べたこと無かったっけ。じゃあちょうどいい機会ね」
「そうですね、サクラ。高級食材として名前だけは聞いたことがありますから、非常に楽しみです」
「おいこら、我はまだ奢るとは一言も……」
「蟹なんて久しく食べてないわね……楽しみだわ」
「蟹なんて久しく料理していないな……楽しみだ」
「貴様等、人の話を聞いているのか」
しかも、一人は微妙に間違っているし。まあいいけど。
「総一郎様、蟹というのはどのような味がするのでしょうか?」
「ふむ……食べてみれば分かる。とても美味だ」
「ああっ、それはそれは……」
「一成、私は蟹鍋が食べたいのだが」
「蟹鍋ですか……頼んでみましょう」
「お前らまで! っていうかどっから沸いて出てきた!」
我のツッコミに対する返事はなし。
人の話を聞いているようで欠片も聞いてない。このままでは我の財布がペラペラになることは目に見えている。
どうするか、と聞かれれば、答えは一つ。
「……逃げるか」
そーっと足音を消しつつ玄関へ向かう。
バカ連中は蟹のことを考えるだけで精一杯だから、気付くわけもない。
「ふむ、私は蟹マーボーを食べたいところなのだがな」
「……どっから出てきやがった、言峰」
「玄関からだが」
「そうか。勝手に食べてろ」
っていうか、蟹マーボーって何だ。
「逃走はいかんな逃走は。蟹マーボーが食べられなく……」
「うるせー! 邪魔するなー!!」
「ああっ! 皆、金ぴかが逃げようとしてるわよ!」
「逃がしませんよギルガメッシュ! 私の蟹のために!!」
いつの間にやら我の進行方向には完全武装のセイバーが。
「ちょっとは私たちを祝おうっていう気持ちがあってもいいと思うんだけど?」
そして後ろには宝石を指に挟んだ凛が、それぞれ立ちふさがる。貴様等、移動が早すぎだ。
っていうか、巻き込まれた我の心情を察する程度の思いやりがあってもいいと思うのは我だけなのか?
「諦めな金ぴか、金持ちの宿命だぜ」
「そういえば昨日もスロットで勝ったとか言ってたのはどこの誰だったかな」
「さあなー。俺はしらねー」
「このヤロウ……」
「すまんギルガメッシュ……この借りはいつか返すから」
「…………」
周りに味方はいないのか。どうなってんだオイ。
「それじゃー、新都の高級蟹料理店にレッツゴー!!」
「じゃあな。行ってこい」
「あんたも来るの!」
「いーやーだー!!!」
結局、引きずられるようにして連行された我は、きっちり全員分出させられた。
我、士郎、ランサー、セイバー、凛、アーチャー、大河、イリヤ、桜、ライダー、総一郎、メディア、一成、小次郎。
総勢十四人分、合計四十万オーバー。何の罰ゲームだこれは。いくらなんでも食いすぎじゃないか?
ちなみに、言峰は簀巻きにして教会に放置してきた。
「ああ……我の財布が」
ペラッペラになってしまった。
スロット打つだけの軍資金すら出すハメになったため、しばらくは赤貧生活が続きそうだ。
「いやー、ごっそさん。マジ美味かったぜ」
「ふん、そう思うんなら半分出せ」
「悪かったって。今度ジュース奢ってやっからよ」
「どうせなら酒にしろ」
「わーったわーった」
絶対嘘だ。
くそ、そのうち必ずランサーに出させてやる。
「しかし、セイバーよく食べてたわね……」
「そんなことはありません。標準です」
「いや、凛も人のことをいえないと思うが、それを差し引いても食べすぎだったと……」
「アーチャー、死にたい?」
「……と思ったが、どうやら私の気のせいだったようだ」
「弱いな」
「五月蝿い」
くそ、どいつもコイツも満足そうな顔しやがって。
我だってたまにはただ飯食ってみたいのに。
「じゃあ、あたしたちはこっちだから。またねー」
「それじゃーオヤスミ、皆」
いつの間にやら深山町に戻ってきていたのか、大河達は自分たちの家のほうへと帰っていった。
「さっきの続きですが、私はそんなに食べてないと何度言えばわかってもらえるんですか」
「はいはい、漫才の最中悪いんだけどさ」
「なんですかキャスター。っていうか、漫才とはなんですか」
「私たち、こっちだから。それじゃあまた今度ね」
「……明日、遅刻しないようにな」
「じゃあな衛宮、女狐、そのほかの人たち」
「また寺に来ることがあったら茶でも淹れよう、待っているぞ」
なんだか全員が全員適当というか、いい加減な挨拶をして去っていく。
というか何だ一成の『そのほかの人たち』ってのは。まったく、顔見知りのくせに切ないな。
「この間いじめてたからだろ」
「気のせいだ」
ごそごそとポケットを探り、取り出したタバコに火をつける。
確かに出費は痛かったが、まあ、楽しかったと言えなくも無かった。
もう二度とゴメンだが。
「また行きましょうね」
「ランサーの奢りならな」
「待てってーの」
……もう二度とゴメンだがな。
ふぅ、と紫煙を吐き出しながら思考を切り替え、明日から再開する平穏な日々の中で何をしようかと考えるのだった。
「ちょっと! あんたがあんな美味しい店に連れてくから体重が戻っちゃったじゃない!!」
「どうしてくれるのですかギルガメッシュ!! 私たちの一週間の苦労を無駄にしてくれて!!」
「…………」
流石にキレていいか?
そんなこんなで、もう一度一週間やることになったのはまた別の話。
今度は我の代わりにアーチャーが朝走ることになった。頑張れ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書きなんてたいそうなもんじゃない独り言みたいなもの
皆さんお久しぶりです。
これ、書き始めた当初は冬でした。だから部屋が壊れたときに冬の風が吹いてきてるわけです。
でもメルブラACが稼動しようとしています。いったいいつの話なんでしょうね(マテコラ
あれだ。一月にロケテやってたし、その近辺って事で。
今が何月かって事は、あんまり気にしないでくれると嬉しかったり(汗
前回とはうってかわって普段のギル様シリーズ的な感じですが、一応関連はありますよ。多分。知らないけど。
つーわけで(何が)めっきり更新速度の落ちてるこの話、末永くお付き合いいただければ幸いです。
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