脳外科医 澤村豊のホームページ - 下垂体腺腫
大まかなこと
- 下垂体とは脳のほぼ真ん中の底部で視床下部と視交叉(両側の視神経が交叉するところ)の下にある小指の先くらいの小さい組織です
- 下垂体には前葉と後葉というのがあります
- ここはいろいろなホルモンを分泌するホルモンセンターです
- この組織の腺細胞が増える腫瘍が下垂体腺腫という良性の病気です
- 増えてくる腫瘍細胞がホルモンを作っているかどうかによっていろいろな症状を出します
- 下垂体から分泌されるホルモンとしては,プロラクチン,成長ホルモン,副腎皮質刺激ホルモン,甲状腺刺激ホルモン,黄体形成ホルモン,卵胞刺激ホルモン,抗利尿ホルモンなどがあります
- この中で下垂体腺腫となって過剰に産生されるホルモンは前の3つが主なものです
- ホルモンを産生しない非機能性腺腫というのが最も多いのですが、それぞれの下垂体ホルモンが過剰に分泌された時の症状はさまざまです
とても大切なこと
最近,無症状の下垂体腺腫が脳ドックなどで偶然見つかることも多いのですが,その多くは治療する必要がありません。ですから安易に手術を受けてはいけません。下垂体腺腫はとてもとても多い病気でほっておいても何でもないものや大きくならないものも多いのです。
下垂体腺腫の症状は?
非機能性腺腫
ホルモンを産生しない細胞が増える腫瘍は非機能性腺腫といいます。この場合には,ある程度腫瘍が大きくなって下垂体の上にある視神経交叉を圧迫することによって視野狭窄という症状をだします。目がみづらいのが症状です。左目では左半分の外側だけ,右目では右半分の外側だけ見えずらくなります。下の図は典型的な症状で両耳側半盲といいます。右側のは手術後4日目です。視野がほとんど正常化しているのがわかります。
プロラクチン (PRL) を作る腫瘍(プロラクチノーマ)
女性では,月経が不順になったり無くなってしまったりして(無月経),妊娠もしていないのに乳汁が出ます(乳汁分泌)。妊娠ができない病気のひとつとしても有名です(不妊症)。男性では無症状のことが多いですが,腫瘍が巨大になったり,まれに乳汁分泌と女性化乳房がみられます。
成長ホルモン (GH) を作る腫瘍
成人では先端巨大症 (acromegaly,アクロメガリー) といって,体全体がいつの間にかごつくなります。鼻や唇,舌,手足が太く大きくなり,指輪や靴が入らなくなってしまうのが特徴です。舌が大きくなることでいびきをかいたり睡眠時無呼吸になったり,手のひらに汗をかいたり,手がしびれたり,高血圧,糖尿病,高脂血症,心疾患,変形性関節症,無呼吸症候群になったりもします。とてもゆっくり進行するので,長い間この病気に気づかないということは普通にあります。子供ではめずらしいのですが,異常に背が伸びる巨人症になります。
副腎皮質刺激ホルモン (ACTH) を作る腫瘍
クッシング病と呼ばれるこの腫瘍はまれでほとんどありません。顔が丸くなって,体幹部だけが異常に太ってきて,にきびができたり,皮膚の割れ目と色素沈着,高血圧,糖尿病,骨粗鬆症,浮腫,月経異常,多毛になったりします。精神症状を出すこともあります。最も治療がむずかしい下垂体腺腫です。
診断は
- 血液検査とホルモンの精密検査(負荷試験)は内分泌内科の先生におまかせです
- ホルモンが関係する病気ですから手術の前と後にはホルモンを調べる専門の内分泌内科にも診てもらい,手術前には薬で治療できる腫瘍かどうかを判断してもらうのも大切です
- 画像診断はMRIです
- MRIでは数mmのもの(微小腺腫)を見つけることができます
典型的なMRIの画像です
下垂体腺腫のMRIです。両側の視野障害(両耳側半盲)のために手術を受けた患者さんのものです。この腫瘍は非機能性腺腫といってホルモンを出さない腫瘍でした。少し大きめでしたが全部取れて視野の障害はよくなりました。
治療のこと
- この下垂体腺腫という病気は脳神経外科の手術で治ります
- プロラクチンや成長ホルモンを作る腫瘍では,ブロモクリプチン(パーロデル),テルグリド(テルロン),カベルゴリン(カバサール),オクトレオチド(サンドスタチン),ペグビソマント(ソマバート)という薬で治療することもできます
- どちらが良いのかは主治医の先生と相談しましょう
- 治療方法に関しては,脳外科医の意見ばかりでなく内分泌専門医の意見も聞くべきだと思います
- 間違いなく手術をした方がいいのは,視野障害が高度な大きな腫瘍,先端巨大症,クッシング病です
- その他のものでは手術が絶対に必要かどうかをよく考える
- 簡単な手術で治ってしまう小さな腫瘍に内科的な薬物治療を何年もしてから手術を受ける人がいますが、これは無駄なことかもしれません
- とてもまれにですが,腺腫の大きさやその広がりからどうしても十分に取れないときや薬も効かない腫瘍には術後に放射線治療をすることもあります
- ガンマナイフなども含めて放射線治療は副作用も多いのでとても慎重にしなければなりません
- 海外には日本でまだ使えない薬(未承認薬)がいろいろありますから,今後には日本でも使える薬は増えると期待しています
- 手術や放射線治療のあとで,内分泌の検査(下垂体ホルモン負荷試験)をして治療によって下垂体の機能が低下していないかどうかを確かめるのはとても重要です
手術について
- 大きなものを除けば,手術は比較的簡単なものです
- 鼻の奥のほうに下垂体があるので,鼻の穴の中からのぞいて下垂体腺腫をとることができます
- 顕微鏡や内視鏡でみながらの手術ですが安全性は高いものとなりました
- 最近は上口唇を切らないで鼻孔から手術をするのが一般的になりました
- 良性腫瘍ですから全部取れれば病気は完全に治ります
- 簡単な手術の場合の入院は10日前後くらいです
- 手術で取り切れるかどうかは,海綿静脈洞というところに腫瘍が入っているかどうかで決まります
- 巨大なものでは開頭術をすることもありますがその頻度はとても低いですし,手術のリスクはとても高いです
- 手術の後では,下垂体機能の詳しい検査をしなければならないことを忘れずに
下垂体へ到達するには,黒い矢印のように鼻の孔からのぞいて鼻腔を通って,空色に塗った蝶形骨洞というところを通っていくので,これを経蝶形骨洞手術 transsphenoidal surgery TSSと言います。もっともよく用いられる手術法です。
気をつけなければならないのは海綿状脈洞に伸びている腫瘍を手術で摘出しようと言われたときです。この手術は開頭手術になることも多く危険性はとても高いと言えます。時には死亡例もあるので手術の内容はしっかり聞いて下さい。
腕の汗で停止する方法
経蝶形骨洞手術の合併症について(たくさんありますから主なものだけ)
- 尿崩症:手術で下垂体後葉を傷めることによっておきます。術後におしっこの量が増えて喉が渇くというものですが,ADH(抗利尿ホルモン)が出ないことによって生じます。治療はADHの補充ですから,水溶性ピトレッシンの投与やデスモプレッシンという薬を鼻から入れることで収まります。でもたいていは一時的で数週間から3ヶ月くらいで治ることが多いでしょう。でも治らないこともありますが,これは患者さん側からは受け入れなければならない合併症に入るかもしれません。
- 髄液鼻漏:下垂体は一番最初の図のように脳の底面にぶら下がるようについているので,鼻から手術して下垂体をいじっていると,頭の中(くも膜下腔)に抜けてしまうことがしばしばあります。くも膜下腔は髄液(脳の水)を貯めているので,その水が鼻の中に漏れて出てくることを髄液鼻漏と言います。手術中にきちんと漏れている部分を閉鎖すれば髄液漏を止めることができます。また手術後に,腰から細いチューブを入れて(腰部ドレナージ),1週間くらい髄液を抜いていると鼻からの水漏れが止まることが多いです。
- 鼻出血:鼻の孔から手術するので鼻血がでます。たいていは何もしないでも止まります。
- 術後の低ナトリウム血症:尿崩症にともなうことが多いです。血液の中のナトリウムの濃度が低くなります。重症なものではけいれん発作や意識障害を生じます。でもきちんと血液検査をして尿崩症をコントロールしておけば一次的な軽い低ナトリウム血症ですみます。
- 下垂体不全:下垂体の正常組織を腫瘍摘出に伴って損傷することによって生じます。下垂体ホルモンの分泌が悪くなるので,手術後にホルモンを補充しないとなりません。これを忘れるととても体調が悪いなどの症状が手術後にずーっと続きます。足りなくなるホルモンは,成長ホルモン,副腎皮質ホルモン,甲状腺ホルモン,性腺刺激ホルモンですが,症状は様々です。頻度的にはとても低い合併症です。
- 髄膜炎:多くの場合は髄液鼻漏がうまく止められなかった時におきます。頭蓋内の感染ですから,頭痛や発熱や嘔吐が生じます。抗生物質の投与で治ります。
- 術後の腫瘍内出血:とても大きな下垂体腺腫を摘出した時にのみに生じます。腫瘍をとり終えたあとの止血が不十分なことにもよりますが,たいていの場合は,大きすぎて腫瘍を全部取ることができなかったときです。残った腫瘍から出血して血腫がたまります。ある程度の大きさなら様子を見るだけでこの血腫は吸収されて無くなってしまうので多くの場合は心配はありません。しかし稀に,血腫がとても大きくなって視力が悪くなってくる(目の前が暗い)とか,CTで様子をみていても出血が止まらなくてどんどん大きくなる時には臨時手術をして,出血を止めないとなりません。
- 嗅覚脱失:鼻の中には臭いの神経があります。これは鼻の上の前の方にあるのですが,この部分を損傷すると臭いがわからなくなります。一時的で改善することもずっと良くならないこともあります。
- 鼻中隔穿孔と鼻腔狭窄:鼻の孔から手術する場合にはほとんどおきません。唇のしたを切って手術する時に多いでしょう。鼻の中を左右に分ける鼻中隔というところに孔が空いたり,鼻甲介とくっついたりして,鼻をかみにくいとか鼻がつまるという症状が出ます。
- 視神経損傷:下垂体腺腫は視神経交叉にくっついていることが多いです。そのために腫瘍をとっている時に視神経や視交叉を損傷して視力が低下してしまうことを言います。また,視神経管というのがトルコ鞍の上の横の方にあるので,トルコ鞍の骨を開ける時にここで視神経を損傷することもあります。
- 眼球運動障害:海綿静脈洞に入っている腫瘍を摘出しようとした時に生じます。動眼神経や外転神経や滑車神経を損傷するために,目の動きが悪くなって物が二重に見えます。多くの場合は経過を見ていれば改善するでしょう。
- 気道閉塞:これは手術前から睡眠時無呼吸などがある先端巨大症の患者さんのみに生じる可能性のあるものです。舌が大きくて喉頭も狭いので,気道狭窄が生じて呼吸がうまくできないという状態です。でも手術前に十分予測できるので対応できます。
- 内頚動脈や他の頭蓋内動脈の損傷:これはあってはならないことですがもっとも重症の合併症です。手術中に脳の動脈を破ってしまうことです。くも膜下出血になって,時には死亡することもあります。
- これらの合併症は手術する執刀医の経験数で頻度が減ります。
病理は良性がほとんどです
成長ホルモンの高い先端肥大症の患者さんからとった下垂体腺腫の病理組織像です。左はHE染色という普通のもの。右図ではピンクでプロラクチン(PRL)を,茶色で成長ホルモン(GH)を染色していますが,2種類のホルモンを作る腫瘍はめずらしくありません。下垂体腺腫の大部分は良性の腫瘍です。
手術後の再発は?
ホルモンを異常分泌する下垂体腺腫は徹底的に摘出するか,術後の残存には薬物治療や放射線治療をしますので,手術だけでの正確な再発率はわかりません。2008年の論文(Losa M et al. 2008)に,非機能性下垂体腺腫の術後の再発率が書いてありました。436人の患者さんを手術して5年くらい経過を見ると83人 (19%)で再燃(再発や残存腫瘍の増大)が生じたそうです。術後に残った腫瘍に放射線治療をするとこの再燃が高率に防げると書いてありました。でも残存腫瘍が増大しても必ずしも手術しなければならないとは言えませんし,放射線治療はなるべくしないで2回目の摘出術をしたほうがいいでしょう。おそらく放射線治療は最後までとっておくという考え方の方がいいです。
下垂体腺腫と間違えやすい疾患
いろいろな病気で下垂体が大きく見えます。正確な病名を早めにつけないと治療方法を誤ります。でも診断は,下垂体を専門にしている内分泌内科の先生か脳外科の先生でないとなかなか難しいです。
例えば,下垂体の炎症(リンパ球性下垂体炎など),ラトケのう胞,頭蓋咽頭腫,胚細胞腫瘍,下垂体の肥大などですが,それぞれ治療が違います。炎症や肥大では手術は必要ありません。
percosetはどのように動作しますか
壮年の男性が,体がだるい,舌がもつれるという症状で下垂体の腫瘍が見つかりました。でもこれは甲状腺の機能が低下して甲状腺ホルモンが少ないために,下垂体が肥大(左側のMRI,大きくふくれただけ)になっただけなのです。甲状腺ホルモンを飲むことで下垂体も小さくなります(右側のMRI)。
めずらしい初期症状(通常の下垂体腺腫ではまれですから他の病気かも?)
下垂体卒中 突然頭痛がして,視力が低下するという症状です。脳卒中みたいですからこんな名前がつきました。下垂体腺腫の中で腫瘍内出血が起こって,視神経交叉を圧迫するから視野が悪くなるのです。治療は視力がひどく悪い時には急ぎますが,そうでない時にはあせって手術をすることはありません。鼻の孔からの手術で視力は改善します。
複視 ものが二つ(二重)に見えるという症状は,海綿静脈洞の中でで外転神経と動眼神経が下垂体腺腫に圧迫された時に出ます。開頭手術などしなくても鼻の方から腫瘍を部分摘出することでも良くなることがあります。
水頭症 頭痛や吐き気や知的機能の低下をおこす水頭症の合併は非常に大きな下垂体腺腫が第3脳室を閉塞してしまう時にも起こりますが,中くらいの下垂体腺腫で髄液吸収障害がある時にも生じます。前者は腫瘍の摘出,後者はシャント手術で良くなります。
性機能の低下 特に男性で,勃起ができない,性欲がわかない,元気がなくてだるいという症状がでることがあります。下垂体の機能が低下して性腺刺激ホルモンの分泌が少なくなっているからです。性ホルモンを補充することで良くなります。
尿崩症 おしっこがものすごくたくさん出る,のどが渇いて水をたくさん飲むという症状です。夜間に何回もおしっこにおきたりします。これはデスモプレッシンという薬を鼻の中に入れるという治療で良くなります。毎日2回くらい薬を使わなければなりません。本来この症状は下垂体腺腫以外の下垂体腫瘍の初発症状です。
成人成長ホルモン欠損症 AGHD 日常生活に元気が出ない,脂肪がつきやすくて肥満傾向になる,気持ちが前向きにならないなどのつかみにくい症状です。成人の患者さんで下垂体からの成長ホルモンの分泌がなくなってしまった時に起こります。治療は成長ホルモンを毎日注射で補充するということになりますが医療費が高いです。また診断はとても難しくて,症状が本当に成長ホルモンが足りないことによって起こっているかどうかを確かめるのは脳外科ではできませんから内分泌内科の専門医にかかる必要があります。通常は手術後や放射線治療後の合併症の一つです。
治療法選択の専門的知識
非機能性腺腫
治療法は手術に限られるが,適応を慎重にしなければならない。無症候性のものでは手術の必要性がないものが非常に多い。無症候腺腫ではまず半年くらいのスパンでMRI経過観察をして明らかな増大傾向を認めれば手術摘出をすることが多い。若年者でサイズが比較的大きな鞍上部伸展を伴うものは手術する必要がある。一方高齢者では,鞍上部伸展がありたとえ多少の視野欠損があっても経過観察してよい。実際にわずかな視野欠損は生活の支障にならないからであり,高齢者においては下垂体腺腫が増大しない確率が高い。
先端巨大症
経蝶形骨洞下垂体腺腫摘出術が第一選択。たとえ部分摘出に終っても手術による腫瘍減量(bulk-reduction surgery)には意義がある。手術が困難な症例あるいは手術後残存腫瘍(GH, SMCのコントロール不良例)に対しては薬物治療を行う。プロモクリプチンとオクトレオチド(除法性製剤を含む)が代表的な治療薬である。2007年にはペグビソマント(ソマバート)という新たな成長ホルモン受容体拮抗剤が保険診療で認められた。術前にオクトレオチドを投与することにより腫瘍が縮小して,手術リスクが少なくなったり摘出率が上がることがある。手術と薬物治療抵抗性のものに対してのみ定位放射線治療(ガンマナイフ)を行うが,汎下垂体機能低下症を招く確率は高い。また照射効果が得られるのには年余の時間を要する。
プロラクチノーマ
薬剤により誘発された高プロラクチン血症を慎重に鑑別する。非機能性下垂体腺腫と薬剤性高プロラクチン血症の合併も実際には多い。原発性甲状腺機能低下症や視床下部障害での高プロラクチン血症も念頭に置く。特に鞍上部伸展を示す腫瘍ではプロラクチン産生腫瘍でなくともプロラクチン値が上昇することが多い。機能性腺腫(プロラクチノーマ)の診断が確実になれば,全摘出可能かどうかの判断を下垂体腺腫の手術に精通した脳外科医が行う。特にmicroadenoma(微小腺腫)あるいはwell-demarkated macroadenoma (enclosed type) で 手術治癒率が高いと判断された場合には,患者に手術治療と薬物治療の利点と欠点を十分に説明する。これらの場合は,手術による完治が期待できるとともに,腫瘍の亜全摘に終っても薬物治療の負荷がかなり軽減されるので手術の意義は高い。その他の場合は薬物治療が第一選択となる。現在では,経鼻孔経蝶形骨洞手術で鼻腔内タンポンを使用しなければ入院期間は数日で社会復帰せしめることも可能である。小型の腺腫であってもinvasive typeのものは薬物治療の適応であるが,これを術前のMRIで診断することは実際には難しい。巨大腺腫で薬物療法が著効すると期待される例では手術による腫瘍の部分摘出には意義がない。薬物療法はカベルゴリン,ブロモクリプチン,テルグリドの選択になる。薬物治療が有効であっても腫瘍サイズが小さくならないmacroadenomaでは手術減圧をしてから再度薬物治療を継続することもある。長期間の薬物治療の後の手術では,腺腫に線維化が生じて摘出が困難となる場合があるので,手術を考慮しながらの薬物治療は短期間にした方が良い。妊娠をのぞむ婦人で比較的大きな腺腫を有する場合は手術減圧しておいた方が安全なこともある。出産前後の腺腫内出血などの可能性があるためである。いずれにせよ手術はさまざまな外科リスクと費用 を伴い,薬物治療は長期の通院と経済的な負担があることを患者に治療選択を提案する時には説明する。職業を有する患者においては,薬物治療と手術治療における通算の通院あるいは入院による延べ休職日数の考慮も必要である。
浸潤性プロラクチノーマ(左)の薬物投与前とカバサール投与後10ヶ月後(右)のMRI。反応の良いものでは数ヶ月でこの図のように顕著な縮小を示しプロラクチン値も低下する。しかし薬物投与を中断することは難しいので長期投与となる。合併する水頭症の改善も見られる。
クッシング病
経蝶形骨洞下垂体腺腫摘出術が第1選択。完全摘出して治癒をもたらすことが強く求められる腫瘍であるので,手術には習熟した脳外科医が当たらなければならない。微小腺腫であっても浸潤性腫瘍も多いので手術は容易ではない。しかし,たとえ部分摘出に終っても手術による腫瘍減量(bulk-reduction surgery)には意義がある。第2選択には放射線治療があげられる。ガンマナイフなどによる定位放射線治療が適切である。治療効果が得られるのには年余の時間が必要であるので,さまざまな薬物治療を平行して行う。メチラポン,ミトタン,トリロスタン,カベルゴリン,プロモクリプチンなどの薬剤に抵抗する場合には,下垂体機能不全をふまえた上での再度のradical removalあるいは副腎摘出も考慮することがある。 海綿静脈洞に浸潤するものでは手術効果の期待は低いし合併症のリスクはかなり大きいと捉えなければならない。
巨大腺腫
薬物治療ができるものは薬物治療を第1選択とする。巨大腺腫では全摘出術は不可能なものが多いので,手術は合併症を生じない安全な範囲でかつできる限りの腫瘍減量術(bulk-reduction surgery)に止める。 経蝶形骨洞手術と開頭術を組み合わせた2期的な手術になることもある。しかし,巨大腺腫の部分摘出においては術直後の腫瘍内出血による重篤な合併症の頻度が少なくないために,いずれにしてもリスクが高い治療となる。放射線治療も可能ではあるが腫瘍容積がかなり大きいと照射による晩期障害も看過できるものではないので,できうるならば手術で腫瘍体積を減じてから照射した方が良い。頭蓋底手術の手法を用いて,海綿静脈洞へ浸潤する腫瘍を含めて一期的に大部分の腫瘍を摘出することも可能ではあるが,髄液漏や髄膜脳炎などの重篤な合併症は少なくはない。
下垂体腺腫はなにもしないでも小さくなることがある
左が2000年,右が2007年です。偶然発見された下垂体腺腫で,症状もないので,何もしないでほっておきました。7年間の観察でゆっくり小さくなってきています。他の良性脳腫瘍でもみられるのですが,自然に小さくなるので自然退縮と言います。治療が必要ない下垂体腺腫もあるということに注意して下さい。
先端巨大症の合併症
先端巨大症(アクロメガリー)は,顔貌の変化や手足や舌が大きくなるという巨大症の他にさまざまな合併症を生じます。糖尿病が最も多くて30%くらい,次いで高血圧が25%くらいです。残りは10%以下ですが,脂質異常症(高脂血症),肝障害,脳梗塞,狭心症,腎障害,睡眠時無呼吸,手根管症候群などです。血管障害の合併症が多いと考えてもいいでしょう。
クッシング病の最新の文献
Hofmann BM et al. Long-term results after microsurgery for Cushing disease: experience with 426 primary operations over 35 years. J Neurosurg 108: 9-18, 2008
Hofmann先生というドイツの脳外科医の426例にも及ぶ手術治療の経験を記述した論文です。手術で腺腫(腫瘍)が発見できたのは 87%,腺腫を摘出することでクッシング病が寛解(症状がよくなる)したのは 76%で,この成功率は手術経験を積んでもあまり変わらなかったとのことです。手術前のMRIで微小腺腫がはっきり見えていた例で最も治療結果が良く,再発は15%でした。手術合併症の頻度は約6%で,これは手術経験を積むに従って減少しました。
クッシング病では小さな下垂体腺腫が手術中に簡単に見つからないことが多いです。ですから,トルコ鞍内の下垂体を切り裂いたりして探した例は46%もあり,この内で下垂体を半分切除した例は51%,全部下垂体を切除してしまった例は3.5%あったとのことです。このようにして38%の例で寛解が得られています。初回治療でクッシング病の改善がなかった例では,再手術,副腎摘出,放射線治療や薬物治療をするということになりますが,選択肢はとても複雑です。
解説:論文を読んでみると,再発など考慮すれば,初回手術でクッシング病が治るという確率は6割程度でしょうが,これはとても良い成績です。一般的な脳外科医の治療成績はもっと低くなります。だからクッシング病の手術治療はとても難しいです。おそらく理由は,クッシング病のACTHを産生する細胞が正常下垂体の中に浸潤する(しみ込むように広がる)性格をもっているからなのかもしれません。かなりの例である程度の正常下垂体切除を加えなければならないでしょう。
知っておきたい豆知識
高プロラクチン血症はプロラクチン産生腫瘍と薬剤性(ドパミン遮断薬:ドパミンを抑制する作用をもっている薬)が有名です。もう二つ主な原因があります。甲状腺機能低下症でTRHが上昇するとプロラクチンの分泌が亢進します。視床下部の障害(腫瘍や炎症)でPIFの分泌が低下すると,プロラクチンの分泌が更新します。PIFというのはドパミンの作用を受けてプロラクチンの分泌を抑制している物質なので,PIFが下がると高プロラクチン血症になります。画像診断で考慮に入れることは,視床下部腫瘍,頭蓋咽頭腫,大きめのプロラクチン産生ではない下垂体腺腫,ラトケのう胞でもPIFが下がって軽度 (100ng/mlくらい)の高プロラクチン血症になることです。
a. 病因・病理
下垂体腺腫は下垂体前葉より発生する腫瘍で,原発性脳腫瘍の17.9%にあたる頻度の高いものである。主として成人にみられ,小児では稀である。ほとんど全てが良性の分化型の腺腫であり,病理組織診断においては,酵素抗体法によりホルモン産生細胞を同定する。ホルモン産生腺腫 (機能性腺腫 functioning adenoma)として,プロラクチン(PRL) 産生腺腫 prolactinoma,成長ホルモン(GH)産生腺腫,副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生腺腫,甲状腺刺激ホルモン(TSH)産生腺腫の順に頻度が高い。ホルモン産生能のないものは,非機能性腺腫 non-functioning adenomaという。下垂体や副甲状腺に腺腫を生じるmultiple endocrine neoplasia type-1の原因遺伝子 MEN-1 geneが同定されているが,孤発性の下垂体腺腫の発生原因は未だ不明である。
b. 症状・経過
下垂体腺腫も髄膜腫と同様に,MRIで偶然発見される無症候性のものが増加している。非機能産生腺腫は,大きくなれば視神経,視好叉部を圧迫し視力・視野障害を呈し発症するが全く症状を出さないことも多い。この場合の,視野障害は両耳側半盲であり,下垂体腺腫に特徴的な神経症候として知られている。高プラクチン血症を伴うPRL産生腺腫は,無月経amenorrheaと乳汁分泌 galactorrheaを主徴として受診することが多い。血中PRL値が容易に測定できることとMRIによる画像診断の進歩により,直径10 mm以下の微小腺腫 microadenomaの段階で診断されるPRL産生腫瘍も増加した。男性のPRL産生腺腫では,初期症状として陰茎,性欲減退などが存在するはずであるが,その時点で発見されることは少なく視神経の圧迫症状で初めて受診することが多い。GH産生腺腫は先端肥大症 acromegaly を,ACTH産生腺腫は Cushing 病を起こすことでよく知られている。ACTH産生腺腫瘍の多くは微小腺腫である。下垂体腺腫は,腫瘍内に小出血をしばしば生じる。腫瘍内に突然多量に出血し,急激な視力障害,頭痛,項部硬直あるいは意識障害などをきたすことを下垂体卒中 pituitary apoplexyという。
c. 検査
頭蓋単純撮影でトルコ鞍に風船様拡大 balooning ,鞍底の左右差double floorが見られる。MRIのT1強調画像では一般的に均一であり,嚢胞部分は低信号となる。T2強調画像ではやや高信号を呈する。信号強度の不均一性は腫瘍内の出血や嚢胞性変化のためである。Gd-DTPAによる腫瘍の造影効果は高く,嚢胞の部分との差が明瞭となる。視交叉と腫瘍の関係や海面静脈洞内への浸潤は冠状断像でよく描出される。高磁場強度のMRI装置を用いれば下垂体内に現局する数mm程度の微小腺腫の検出も可能であり,小さな腺腫は正常下垂体と比較してT1強調画像で低信号区域として捉えられる。また,比較的小さな下垂体腺腫では下垂体柄や正常下垂体との関係がよく描出される。
d. 診断
内分泌学的診断法が進歩することにより,腺腫の早期発見,治療効果の判定も精密となった。血漿GH値は正常人では2~5ng/ml以下で,acromegalyでは10ng/mlを超えることが多い。血漿PRL値は正常20ng/ml以下で,PRL産生腺腫では血中PRL値の上昇と腫瘍の大きさとの間に相関がみられ,大きなものではPRL値が1,000ng/mlを超えることもある。ACTH産生腺腫は小さくて画像診断が困難であることも多い。しかし,内分泌学的所見とMRI所見を併せれば多くは診断可能である。腫瘍によってはPRLとGH,PRLとACTHなど異種のホルモンを同時に分泌するものもある。TSH産生腫瘍はきわめてまれなものである。鑑別すべきものとしては,ラトケ嚢胞,頭蓋咽頭腫,鞍結節部髄膜腫,胚細胞腫瘍などがある。
e. 治療
薬物療法としては,ドパミン作動薬であるブロモクリプチン,テルグリド,カベルゴリンなどがPRL産生腫瘍の高PRL血症を正常化しまた腫瘍の大きさを縮小させる。挙児希望のある女性で微小腺腫を有する患者では完全摘出できる可能性が高ければ手術を,そうでない症例では薬物療法を行う。PRL産生腫瘍が大きければまず薬物療法をしてみるのも良い。プロモクリプチンはGH産生腫瘍にも有効なことがあり,血清GHの低下・腺腫の縮小がみられるが薬物投与の中止により腫瘍は再燃することが多い。GH産生腫瘍に対しては他に,somatostatin analogueである酢酸オクトレオチド(100~300μg/日)も有効であるが,これも腫瘍を治癒させるまでの効果を得ることは難しい。
外科的には,鼻内経蝶形骨洞法により腫瘍摘出手術が行われる。この手術法は確実性,安全性ともにほぼ確立されたが手術適応を決定するのは容易ではない。概して,視力視野障害を生じた大きな腺腫,ACTH産生腫瘍,GH産生腫瘍,PRL産生腫瘍などが適応となる。ACTH産生腫瘍とGH産生腫瘍では腫瘍の大きさにかかわらず手術を優先する。まれに浸潤性の巨大な腺腫には開頭術が施行される。定位的放射線照射も有効ではあるが,間脳下垂体組織や内頚動脈への放射線障害の可能性があり,きわめて慎重に選択されるべき治療法である。無症候性腺腫に治療が必用か否かの判断も慎重になされなければならない。
文献
Losa M, et al: Early results of surgery in patients with nonfunctioning pituitary adenoma and analysis of the risk of tumor recurrence. J Neurusurg 108: 525-532
0 コメント:
コメントを投稿